彼氏の浮気後、私は他の人と寝た第3話
この話は約2416字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
【紗季、いつ帰ってくるの?】
スマホのメッセージは紫峰市の友人・岡田千尋(おかだ ちひろ)からだった。
画面の文字を見ながら、正直この三日間、戻ろうなんて一度も考えなかった。
【しばらく戻らない】
すぐに向こうからもう一通。
【十日後、誕生日なんだ。帰ってくるの待ってる】
【待たないで。戻らない】
一方、その頃。
千尋がおそるおそる拓海を見上げた。
「拓海、紗季に電話してみたら?もしかしたら戻ってくるかも」
拓海は真っ黒な顔で煙を深く吸い込んだ。
「戻ろうが戻るまいが俺に関係ない。外で死ねるもんなら勝手に死ね」
「拓海、紗季、絶対まだ傷ついてるよ。ウェディングドレス燃やして、指輪も置いてったし、今回は本当に堪えてる……」
「もう別れたんだ。好きにさせろ!」
ドン!
拓海がローテーブルを蹴り倒し怒鳴った。
「黙れ!誰も探しに行くな。外で本当に死んでも俺には関係ねえ!」
言い捨てて、拓海は一人で酒に沈んだ。
誰が止めても耳を貸さない。
ついに見かねた誰かが、手からグラスをひったくった。
「もういい加減にしてよ。昨日やっと胃洗浄したばかりでしょ、自分の命をそんなに粗末にしないで!紗季に電話しろって言ってもかけないくせに、数日いないだけで自分をここまで壊して……」
拓海の顔はさらに暗くなった。
みんなの目前で、テーブルのボトルを一気にあおり、瓶を叩きつけて立ち上がった。
冷たい風でも、拓海の怒りは少しも冷めない。
紗季、やるじゃん。
今回は本気ってわけだな?
次の瞬間、スマホに紗季からの着信もメッセージも一つもないのを見て、その勢いで彼女の番号をブラックリストに放り込んだ。
紗季、二度と戻ってくるな。
今度こそ、土下座して頼んでも、もう甘くなんねえ。
優斗が私を見つけたのは、オフィスだった。
実は大学の頃、私は自分で服飾デザインのアトリエを持っていて、少しは成功していた。
けれど拓海のために夢を捨てて、一緒に紫峰市へ行った。
今はまだ貯金もそれなりにあったから、優斗と相談してアトリエをまた立ち上げたのだ。
「紗季、昼は何を食べたい?」
優斗の穏やかな声が耳に届いた。
彼には不思議な力があるみたいで、私の苛立ちを一瞬で消してしまった。
「もう描けないよ、あとは任せるね」
私は手にしていたペンを放り投げ、机を片付けて、彼に連れられ外へ出た。
私はてっきり、彼が西洋料理のレストランに連れて行ってくれると思っていた。
だって、彼の見た目はどう考えても、こういう路地裏の屋台で食事をするようなタイプじゃなかったから。
この屋台は、私が学生の頃によく通っていたお気に入りの場所だった。
店構えは古びているけれど、いつも人で賑わっている。
ただ、仕立てのいいスーツを着た優斗の姿だけが、この場所には少し場違いに見えた。
けれど彼は、私の驚きをまるで気にすることもなく、古くて軋む椅子に腰を下ろした。
その一連の仕草が、まるでここに通い慣れている人のように自然で、思わず目を奪われた。
驚きの余韻が残る中、私も腰を下ろそうとした瞬間、彼に呼び止められた。
「待って」
思わず戸惑った。
てっきり彼が嫌がったのかと思ったが、目に映ったのは、ティッシュで丁寧に座席を拭いてくれている姿だった。
「女の子なんだから、ちゃんと綺麗なところに座らないと」
その瞬間、あの夜、彼が私に言った言葉が頭をよぎった。
私は思わず口にした。
「本当に…元カノとかいないの?」
信じられないわけじゃない。
でも、彼はあまりにも完璧で、こんな男を好きにならない女なんているのだろうか、そう思ったのだ。
彼は答えなかった。
ただ、お茶を注ぐ手を一瞬止め、真っ直ぐに私の目を見つめてきた。
視線がぶつかった。
その眼差しは真剣そのもの。
私は急に恥ずかしくなって、慌てて彼が注いでくれたお茶を手に取り、口元へ運んだ。
優しくて、心を奪われずにはいられない。
でもそんな彼だからこそ、ふと胸の奥が痛くなった。
思い出すのは、拓海と付き合い始めた頃のこと。
あの頃の拓海も、こんなふうに私に優しく、細やかに気を配ってくれていた。
けれど、時が経つにつれて、その優しさは消え失せ、残ったのは彼に嫌われないように怯えながら、必死で尽くすだけの私だった。
「友達もいない、仕事もない、俺にしか構ってない」
そんな言葉を何度も突きつけられた。
彼は胃が弱いから、私は料理を覚えた。
彼が雇った家政婦みたいに、看病も家のことも全部やった。
今になってようやく、彼の連中がどうして私を見下していたのかわかった。
私は彼を愛するあまり、自分をなくしていた。
彼が何を言っても、私はいつだって従ってきた。
自分を愛せない女を、他人が大事にできるわけがない。
屋台街は大学のすぐ近くにあって、にぎやかな通りには行き交うカップルばかりだった。
昔は、拓海も優斗みたいにここで一緒に食べてくれたら…って夢見てたのに、彼はいつも「ここは汚い」って言ってた。
「はい、料理来たよ」
店員の声に、考えがぷつりと切れた。
優斗は何も言わず、皿が出そろったところでふいに真顔になって私を見た。
「紗季、信じるかどうかはお前次第だけど、俺にとって本当に最初の女はお前だよ」
「でもさ、学生の頃、あなたの周りに女の子いっぱいいたよね。ずっと一緒にいた子もいたじゃない。彼女じゃなかったの?」
「璃央のこと?」
彼は目を細めて私を一瞥し、料理を取り分けながら続けた。
「彼女はお隣さん。ほぼ一緒に育った幼なじみだ」
「じゃあ、この何年も、好きになった人はいなかったの?」
今回は、優斗ははぐらかさず、真面目に自分のことを話してくれた。
「お見合いはした。性格が合わなかった」
その食事は、どこか気まずいままだった。
ホテルへ戻る道すがら、あの夜の彼を思い出して、初めてって言葉を本気で信じられる気がした。
部屋のドアを開けた途端、彼は帰らずにすっと近づき、耳元に熱い息を落とした。
「紗季、今度はああはしない」
その意味を飲み込む前に、嵐みたいなキスが一気に降ってきた。
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