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彼女は地獄のような場所で、一輪の希望を咲かせた第3話

この話は約1868字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

あの日、仕事が立て込んでいた私は、安人を拓野に託して病院へ預けることにした。

「部屋で静かに待たせていてね。安人は騒がないし、紙とペンさえあれば、お絵描きに集中して夕方まで持ちこたえるから」と、拓野に何度も念を押したはずだった。

自閉症を持つ安人は、新しい場所も人混みも大の苦手だ。何に気を配るべきか、拓野も十分知っているはずだった。

しかし、あの日私は会議の合間にかかってきた電話に出られず、掛け直した時、電話口に出たのは警察だった。

当時拓野の院長室には、莉香しか行っていなかったそうだ。

莉香は体を震わせて泣きじゃくりながら、ほんの一瞬目を離した隙に安人の姿が消えていたのだと説明した。必死に探し回ってようやく見つけた時には、安人はすでに溺れていたのだという。

だけど、安人はまだ3歳だ。自閉症を抱えるあの子が、自ら進んで他人について行ったり、近づこうともしない水場へふらふらと走っていくはずがないのだ。

しかし、私の切実な声に耳を傾けてくれる人は誰一人としていなかった。

莉香の方がよほど哀れに泣き崩れたから。彼女はすぐさま拓野を探しに行き、そして霊安室の前で深々と頭を下げ、「私が責任を取るわ。一生償わせて」と必死に謝った。

一方、拓野はそんな莉香の手を優しく引き上げ、こう言った。「君を責めるつもりはないよ」

そう言って、拓野は私の了承なしに事を済ませようとした。私が駆けつけた時、安人はすでに白い布に覆われていて、拓野は目元を赤く染めながら、傍に立っているだけだった。

さらに、拓野はこう言い放った。「君が仕事にかまけてばっかりいるからだよ。もう少しちゃんと面倒を見てやれたら、こんなことにならなかったはずだ」

拓野は何もかもを私のせいにした。安人を彼に託したあの日、本当は何があったのか。事実確認すらしようとしなかった。

彼はただ、自分が大切にしている莉香が怯えて泣いているから、彼女はもう十分反省している、彼女だってわざとじゃないんだ、などしか気にしていなかった。

そして、今も、拓野は、思い出したくもないと言いたげに、口元を引き締めた。

「とりあえず莉香の潔白を証明してやってくれ」と彼は苛立った口調で取ってつけたかのように言った。「そうすれば、また改めて調査し直してやるから、いいだろ?」

それを聞いて、私はもうこれ以上、拓野と話し合っても無駄だと思った。

こんな相手と無益な議論を繰り返して自分を泥沼に引きずり込んでも、待っているのは空しい結末だけだ。

「スマホを貸して」

予想外のことにもすんなりと折れた私の態度に、拓野は呆気に取られたように顔を上げた。

彼が枕元から私のスマホを取ると、手渡してきた。かすかに指先が触れたが、彼はすぐに手を引っ込めた。

一方私は、スマホを受け取ると、数年間も放置していたそのアカウントにログインをした。

すると、読み込みが終わった途端、通知の山が炸裂した。未読のダイレクトメールが9000件超、コメント欄は4万件に達していた。溢れかえったイイネやリツイートの通知で画面が見えないほどだった。

このアカウントは、結婚当時、拓野と二人で一緒に始めたものだった。

当時の私たちは大学入試を終えたばかりで、試験会場から出てきて熱烈なキスシーンを投稿したツイートには、300万イイネがついたのだった。

その勢いで私は拓野を誘い、共通アカウントを作って幸せな日常を投稿しようと提案した。

拓野は面倒臭がっていたがそれでも了承をしてくれた。だから投稿された動画に映る拓野はいつも気乗りしない様子だったが、微かな笑みも見せていた。

ゆるい更新を続けていた数年の間に、ファンはいつのまにか百万人を超えていた。

最後に更新したのは、私たちの結婚式の写真だ。【これからも末永く】というキャプションをおき投稿は途切れたままだった。

それでも私はアカウントを消さずにいた。ただ、あれからログインすることもなかった。

そう思い返しながら、私は震える指で撮影ボタンをタップし、言うべきことを言って投稿した。

動画がアップロードされた途端、更新の嵐が始まった。

【本当に静葉ちゃん?久しぶり!】

【静葉さん、ケガしたんですか?例の動画で、血がたくさん流れてましたから……】

【今も拓野さんと一緒ですか?昔の動画、全部観ましたよ。大好きでした!】

私はその【まだ一緒にいるのか】というコメントを開き、一つ一つ文字を打ち込んだ。

【とっくに離婚しました。皆さん、今まで気にかけてくださり、ありがとうございました】

送信したあと、画面が暗くなった時、私はふと拓野の鋭い眼差しに気が付いた。

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