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幼馴染を選んだ夫の結末第1話

この話は約2463字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

千利と口をきかない状態になってから一か月。

彼は音楽フェスティバルのVIPリストバンドを二本差し出し、結婚記念日に一緒にフェスを見に行こうと私を誘った。

あの日、私は念入りに身支度を整えた。

けれど、入場ゲートでチケットを確認する段になっても、彼は現れなかった。

仕方なく一人で入ろうとリストバンドを取り出そうとしたとき、バッグの中からそれが消えていることに気づいた。

ちょうどそのとき、千利の幼なじみである凪希がSNSを更新した。

写真には、真面目な顔でピンクの綿あめを掲げる千利の姿が写っている。

いつもの冷徹なエリート然とした雰囲気とはまるで別人だった。

添えられた文は――

「ついにドミ・ドラ様に会えました~!いつでもお願いを聞いてくれるあの人に感謝」

バッグの空っぽの仕切りを見つめながら、私はすべてを悟った。

もし以前の私だったら、千利と激しく言い争い、理由を問い詰めていたはずだ。

けれど今は、ただ肩の力が抜けるような感覚しかなかった。

5年。

積み重なった失望があまりにも多すぎて、もう疲れてしまった。

* * *

矢田部千利(やたべ せんり)に18回電話をかけたが、彼は一度も出なかった。

VIP入口の外では人々が熱狂し、歓声が次々と湧き上がっているのに、私の耳に届くのは冷たい機械音声だけだった。

本当は、もう薄々わかっていた。

千利は、また私を裏切ったのだ。

それでも、どうしても答えが欲しくて、私は何度も何度も電話をかけ続けた。

聞き慣れた呼び出し音が繰り返されるたび、心が少しずつ沈んでいく。

フェスはちょうど最高潮を迎えているらしく、会場内からは耳をつんざくような歓声が響いてきた。

重低音がフェンス越しにも伝わり、地面が震えているのがわかる。

その熱気はチケットを持たない外の観客たちにも伝染し、皆がペンライトを振りながら叫んでいた。

その中で、私だけがスマホを握りしめたまま、場違いに立ち尽くしていた。

画面に表示された27件の不在着信を見て、ふと、彼が来るかどうかなんて、もうどうでもいい気がしてきた。

一か月の冷戦が終わるかもしれないという、あのわずかな期待は、この27回の電話で完全にすり減ってしまった。

たとえ今千利が駆けつけてきたとしても、もうやり直そうという気持ちは残っていない。

深く息を吸い、気持ちを整えると、私は一人で入場しようとバッグを開いた。

千利に気分を台無しにされたとはいえ、この音楽フェスティバルは、私が十年以上も好きで追い続けてきたバンドのトリのステージだ。

子どもの頃からずっと来たいと思っていた場所。

せっかく手に入れたVIPリストバンドだ、一人でも絶対に入る。

そう思って仕切りを開いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。

――何もない。

数日前、大事にしまっておいたはずの二本のリストバンドが、消えていた。

どこかに入れ替えたのかと必死に記憶を辿っていると、スマホが通知音を鳴らした。

開いてみると、小熊凪希(おぐま なぎ)がSNSを更新した。

そこには、ピンクの綿あめを手に、どこかぎこちない表情で立つ千利の姿。

普段の冷静沈着で全てを掌握するエリート像とは、まるで噛み合っていない。

添えられた文は――

【ついにドミ・ドラ様に会えました~!いつでもお願いを聞いてくれるあの人に感謝】

どうしても繋がらなかった電話と、消えたリストバンド。

そのすべてが、一瞬で繋がった。

千利の昔なじみのグループチャットでは、共通の友人がそのスクリーンショットを共有していた。

【え、千利本当にフェス行ってるのか?】と朋輝。

【完全に凪希に惚れ惚れだな】と知里が続く。

【今週末は奥さんと予定あるって言ってなかったっけ......?】と別の誰か。

彼らは口々に、千利にとって凪希がどれだけ特別か、二人がどれだけ仲がいいかを語っていた。

――誰一人として、私のことには触れない。

結婚して5年になる、本当の妻であるこの私のことを。

朋輝が「パーティーに誘ったのに忙しいっていう理由で断られたよ」と書いているのを見て、私は一瞬ぼんやりした。

数日前、千利がバルコニーで電話していたとき、「行けない」「週末は用事がある」といった言葉がリビングにかすかに聞こえてきたのを思い出す。

あのときの私は、少し浮かれていた。

今日の約束を、彼はちゃんと大事にしてくれているのだと。

これまで音楽フェスティバルなんて興味がないと言っていた彼が、わざわざ友人の誘いを断ってまで、私に付き合ってくれるのだと。

だから私は、この日の夜のレストランも早々に予約していた。

フェスのあと、こちらから少し折れて、この一か月のケンカに終止符を打とうと思っていた。

――確かに、千利はこの約束を大事にしていた。

ただし、相手は私ではなく、凪希だった。

しかも彼女を中に入れるために、私に渡したはずのリストバンドまで、こっそり持ち去っていたのだ。

思わず、自分がひどく滑稽に思えた。

VIP入口の外で、彼を待ちながら焦っていたあの時間。

その頃にはもう、彼は凪希と一緒に中へ入っていたのだ。

私に残されたのは、空っぽのバッグと、決して繋がらない電話だけ。

もしかして最初から、私と一緒に見るつもりなんてなかったのではないか。

ただ形だけ取り繕って、適当にあしらっていただけではないか。

――そんな考えが、頭をよぎる。

彼が珍しく歩み寄ってきたのだと、私は勝手に期待していたのに。

考えているうちに、頬がかすかにむずがゆくなった。

手で拭うと、手のひらがしっとりと濡れていた。

そのとき、隣でフェス配信を見ていた二人の女の子が、突然歓声を上げた。

「やば、甘すぎるでしょ。やっぱり理想の彼氏ってよその旦那だよね」

「真顔で綿あめ持って彼女の推し活に付き合うとか、そのギャップ最高すぎ!」

思わずそちらを見ると、画面の中で凪希が恥じらうように千利の胸に顔を埋めていた。

千利は彼女の腰をしっかりと抱き寄せ、二人はまるで恋人同士のように密着している。

その瞬間、胸の奥で何かがはっきりと砕ける音がした。

破片が心臓を内側から切り裂いていく。

――5年間の間違いも、もう終わりにすべきだ。

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