婚約者に内緒で中絶して別の人と結婚したら、彼は狂った第3話
この話は約1889字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
凌翔は、どこか探るような口調で言った。
「紗月、誤解しないでくれよ。ただ……澪奈に誕生日プレゼントを用意できてなくて。あとで君にはもっといいものを買ってあげるから」
「うん、分かってる。再利用ってやつでしょ」
どうせ、私はもうすぐ別の人と結婚する身。
この指輪を持っていたところで、不快なだけだ。
凌翔は安堵の息をついた。
それから改まった声で訊いてきた。
「辞表、見たよ。急に辞めるなんて、どうしたんだ?」
つまり、ずっと前から知っていたのに、今まで無視していただけだった。
私は淡々と答えた。
「疲れたの。少し休みたいだけ」
彼はすぐに納得したように頷き、こう続けた。
「それならちょうどいいじゃん。仕事辞めたなら、家でゆっくり安静にして、赤ちゃんのためにも身体を大事にしてよ。俺がちゃんと養うからさ。
あとで一緒にご飯食べよう」
思わず、もう何もいない下腹部に手を当てて——「うん」と答えてしまった。
荷物をまとめ、タクシーで家へ戻る。
料理なんてしないはずの凌翔が、ダイニングテーブルいっぱいに料理を並べていた。
ちらりと見れば、全部辛い料理。
私、胃炎持ちで、辛いものは一切食べられないのに。
つまり、これも私のためじゃないってこと。
凌翔は気づいてもいない様子で言った。
「今日、澪奈の誕生日なんだ。外のごはんが苦手だって言うから、俺が作ってみたんだ。一緒に食べよう」
「私、こういうの食べられないから。ふたりで食べて」
背を向けて部屋へ戻ろうとしたその時——
澪奈が、わざとらしく潤んだ瞳で口を開いた。
「凌翔さん、紗月さん、私のこと歓迎してないのかな。だったら、私、帰るね……」
凌翔の顔が一気に険しくなる。
「紗月、いい加減にしてくれないか?ちゃんと説明したよな?澪奈の誕生日だからって。それを俺が手作りでごはん用意して、一緒に食べようって言ってるだけなのに。
お前のその態度は何なんだよ」
私は真っすぐに彼の目を見て、冷静に返した。
「私、怒ってないよ。胃が悪いだけ」
あんたのために、無理して酒を飲んで営業回ったあの頃の後遺症だけどね。
でも、それを口にする気力すらなかった。
納得してくれると思ったのに、彼はさらに不機嫌になって、ケーキの一切れを手に取った。
「辛いのがダメなら、甘いのはいけるだろ?」
私が答える前に、澪奈がすかさず割って入る。
「紗月さんに、ただ誕生日の幸せを分けてあげたかっただけなのに。まさかこんなに怒られるなんて。神原家が十五年もあなたを引き取ってくれたんだし、せめてその恩情くらい……凌翔さんが困ってるの、分からないの?」
ああ、やっぱり。
凌翔は、自分より下だと思ってる私には、こうして誰に何を言われても許せるとでも思ってるんだ。
「十五年も面倒を見てやった」って、何度心の中で聞かされたことか。
でも——その分の恩なんて、とっくに返し終わってる。
私は口を開きかけた。
その瞬間——
ケーキの一口を無理やり、私の口に押し込まれた。
凌翔は、残りのケーキをゴミ箱に叩き込んで吐き捨てた。
「飯くらいまともに食えないのか。いちいち面倒くさい!」
私は仕方なくケーキを飲み込んだが——
すぐに異変に気づいた。
口の中に広がったのは、私がアレルギーを持っているマンゴーソースの味だった。
もう遅かった。
顔がみるみる赤くなり、呼吸が苦しくなっていく。
胸を押さえてしゃがみ込み、必死に空気を求めた。
「紗月、お前、どうし……」
凌翔が慌てて駆け寄ろうとしたその時——
澪奈が、わざとらしく咳き込みながら声を絞り出した。
「りょ……凌翔さん、助けて……紗月おさんが怒るから、緊張して喉に詰まっちゃったの……」
その声を聞いた瞬間、凌翔の目から焦りが消えた。
代わりに浮かんだのは、澪奈への心配と優しさ。
彼は迷わず澪奈を抱き上げ、私を見下ろして怒鳴った。
「紗月!ふざけるなよ!お前が騒ぐから、澪奈が詰まったんだ!もし何かあったら、どう責任取るつもりだ!」
私を責め立てるその目には、もはや一片の情もなかった。
彼は怒声を浴びせたまま、澪奈を抱えて部屋を飛び出していった。
ドアが閉まる直前、澪奈が私に向けて——勝ち誇ったように、確信に満ちた笑みを浮かべていた。
「ね、見たでしょ?二人のうち、選ばれるのはいつだって私なの」
部屋には静寂だけが残った。
私は痛みと息苦しさに耐えながら、震える指でスマホを取り出し、救急車を呼んだ。
次に目を開けた時——
凌翔が、私の病室の椅子に座っていた。
私が目を覚ましたのに気づくと、彼は手をぎゅっと握ってきた。
「紗月」
ちょうど看護師が回診に入ってきて、その声は遮られた。
彼は改めて、深刻そうな顔で訊いた。
「赤ちゃん、大丈夫か?」
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