婚約指輪の日、婚約者は幼なじみの元へ第3話
この話は約1709字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
景臣はふと、私の言葉に一理あるような気がした。
だが同時に、何か決定的に間違っているようにも思えた。
昨夜の「激しい運動」が祟ったのか、深く考える余裕など今の彼には残っていない。
苛立ちを隠さず、彼は声を荒げる。
「芽衣!これ以上突っかかるなら……俺は本気で婚約のことを考え直すぞ!」
――まただ。
議論で押し切れなくなると、いつもこうやって脅して私に頭を下げさせようとする。
そこに、志乃が口を挟んだ。
「景臣さん、そんな衝動的にならないで!婚約破棄なんて大恥でしょ?外に広まったら、芽衣さんの立場はどうなるの?」
鳴海は一転して、志乃に向かって目尻を下げる。
「お前は本当に優しいな。だからこそ、いつも損をする。もし俺がいなかったら……お前はどうなるんだ」
――その台詞。昔、私にも同じように約束してくれたのに。
もう、あの頃とは何もかも違ってしまった。
私は静かにため息をつき、景臣をまっすぐに見た。
「……景臣。あなたの『妹』は、まだ教えてないのね。私たち、もう別れてるって」
その一言で、彼の表情がピタリと固まる。
「……何を言ってる」
頬の腫れはひどく、少し口を開くだけでも涙が滲むほどに痛い。
それでも私は一字一句、はっきりと告げた。
「鳴海景臣。私は、あなたと別れる」
数秒の沈黙のあと、彼は突然大声で笑い出す。
「ははっ!俺と別れる?お前なんか、俺なしで何ができる?俺以外に誰がお前を欲しがるっていうんだ!」
私はゆっくり顔を上げ、彼を見据える。
「つまり……あなたの目には、私は『何の価値もない人間』にしか映っていないのね」
答えはなかった。だがその嘲るような視線がすべてを物語っていた。
去り際、景臣が吐き捨てた最後の言葉はこうだった。
「大人しくしてろよ。新婦なら、いつでも替えが利くんだからな」
その背中を見送りながら、私は乾いた笑みを漏らした。
荷物をタクシーに積み込み、シートに沈む。目を閉じて、ほんの少し呼吸を整えようとしたその時。
「ガッ!」と急ブレーキ。身体ごと前に投げ出されそうになり、思わず声を上げかけた。
文句を言おうとした瞬間、ふと目に入ったのはハンドルに刻まれたエンブレム。
私は一瞬呆然とし、信じられない思いで運転手に尋ねた。
「……運転手さん。マイバッハで、配車アプリの仕事してるんですか?」
男はバックミラー越しに微笑んだ。
「じゃなきゃ、どうやってマイバッハを手に入れると思う?」
思わず吹き出してしまう。
この人、金持ちなだけじゃなくてユーモアもあるんだ。
車内の空気が少し和んだその時、彼がちらりと私の顔を見て言った。
「まずは病院に寄ろうか。顔、パンパンに腫れてるよ」
半信半疑で鏡を取り出し、自分の顔を確かめた瞬間。
「きゃああああ!!!」思わず悲鳴を上げた。
――病院。
私は情けない顔で、男が差し出してくれたアイスパックを頬に押し当てる。
「ありがとう……運転手さん。お金稼ぐ時間、邪魔しちゃったよね」
彼は小さくため息をつき、静かに名乗った。
「俺は、朝霧悠司(あさぎりゆうじ)だ」
しまった、と気付く。確かに「運転手さん」なんて呼び方は失礼だった。
私は気まずそうに笑みを浮かべる。
悠司に声をかけようとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。
「芽衣!電話に出ないと思ったら……病院で男とデートかよ!」
振り返ると、そこには憎たらしい顔の景臣。そして彼の隣には、勝ち誇ったような志乃がいた。
「芽衣さん、どうして景臣さんにそんな仕打ちを?彼はあんなにあなたを想っているのに!」
――よく言うわ。
加害者が先に被害者ぶるなんて。
それでも景臣は、あっさりその芝居に騙される。
「志乃……お前の気遣いが、芽衣に半分でもあれば、俺だってもう文句は言わないんだけどな」
私は思わず大きく目を回した。
「……はぁ?やめてくれる?自分の浮気を人に投影しないで。あなたと違って、私は下劣な真似なんてしないの。この朝霧さんは、ただ好意で私を病院に連れてきてくれただけなの!この顔の腫れを診てもらうために!」
その時になってようやく、景臣の視線が私の腫れ上がった顔に止まった。言いかけて――しかし何も言わず、顔を背ける。
「……だとしても、他の男と一緒にいる理由にはならない」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R25022- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。