婚約指輪の日、婚約者は幼なじみの元へ第1話
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婚約した翌日、婚約者の鳴海景臣(なるみ かげおみ)に、指輪を受け取りに一緒に来てほしいと頼まれた。けれど、ブライダルジュエリー専門店が閉まるまで待っても、彼の姿は現れなかった。
帰り道でようやく届いたのは、彼からのメッセージだった。
【志乃がお腹を壊して下痢になった。先に病院へ連れて行く】
慌てて電話をかけると、返ってきたのは春川志乃(はるかわ しの)の声だった。
「景臣さん、さっき私と運動した後疲れて寝ちゃったの。用があるなら明日にしてね」
四年間の恋。
大事な時ほど、彼の幼なじみにはいつも「助けが必要な事情」があって、景臣は迷うことなく彼女のもとへ走っていった。
婚約指輪を受け取るような一大事でさえ、私を置き去りにした。
もう疲れた私は、静かに答えた。
「もういい。私、景臣とはもう別れたから」
……
* * *
婚約した翌日、婚約者の鳴海景臣(なるみ かげおみ)に、指輪を受け取りに一緒に来てほしいと頼まれた。けれど、ブライダルジュエリー専門店が閉まるまで待っても、彼の姿は現れなかった。
帰り道でようやく届いたのは、彼からのメッセージだった。
【志乃がお腹を壊して下痢になった。先に病院へ連れて行く】
慌てて電話をかけると、返ってきたのは春川志乃(はるかわしの)の声だった。
「景臣さん、さっき私と運動した後疲れて寝ちゃったの。用があるなら明日にしてね」
四年間の恋。
大事な時ほど、彼の幼なじみにはいつも「助けが必要な事情」があって、景臣は迷うことなく彼女のもとへ走っていった。
婚約指輪を受け取るような一大事でさえ、私を置き去りにして。
もう疲れた私は、静かに答えた。
「もういい。私、景臣とはもう別れたから」
そう言って、相手の反応を待つことなく通話を切った。
一日中待ち続けてようやく手に入った指輪を撫でながら、思わず苦笑が漏れた。
次の瞬間、それを外して、ためらいなく路地脇の汚れた水溝へ投げ捨てた。
こんな無理やり繋ぎ止めた感情なんて、要らない。
家に帰ると、がらんとした部屋を見渡し、景臣がもうどれくらいここに帰ってきていないのか、思い出せなくなっていた。
彼の言い訳は、呆れるほど馬鹿げていた。
「志乃は臆病で、一人で住めない。だから、そばにいてやらないと」
私は何度も抗った。家具をすべて叩き壊すほどに喧嘩をしたこともあった。
けれど、彼はソファに腰を下ろしたまま冷静に私を見つめ、最後に冷たく言った。
「彼女は俺の妹みたいな存在だ。お前が怒るのを怖がって気を遣ってるのに、どうして受け入れられないんだ?いつからそんなに、攻撃的で冷酷になったんだ?」
その氷のように冷たい眼差しを見た瞬間、喉まで出かけていた言葉はすべて飲み込まれた。
私の感じていた辛さなんて、彼にとってはただのワガママにしか見えなかった。
最後には、麻痺した私は自分から彼の着替えを差し出し、卑屈に彼へ縋るように頼んだ。
「明日は早く帰ってきて……お願い」
私は認める。この恋で、私は徹底的に卑屈だった。それでも何年も愛してきた彼を、どうしても手放せなかった。
私たちが出会ったのは、私の人生で一番暗い日々だった。
両親は海外で仕事ばかり。見た目が整って成績も良かった私は、学校でいじめの標的にされた。
宿題のノートを破かれ、机の中にネズミの死体を入れられ、トイレに呼び出されて殴られた。
死にたいと何度も思った。
睡眠薬を買って死のうとした、あの午後。景臣が現れた。
「金を出せば、面倒は片付けてやるよ」
公平な取引だった。
追い詰められた私は、試しに生活費の大半を差し出した。
その日以来、誰も私にちょっかいを出さなくなり、平穏は卒業まで続いた。
後で知った。その日、景臣は私のために病院送りになるほど殴り合ったことを。
あの日から、彼は私の世界で救世主になった。
私が決して離れられない存在になった。
――けれど、今はもう、すべてが変わってしまった。
ある日、職場で受けた理不尽を愚痴のようにこぼしたとき、彼は慰めもせず冷たく言った。
「なぜ皆がお前ばかりを狙うんだ?少しは自分に原因があるとは思わないのか?」
その一言で、私は氷の底へ突き落とされたようだった。
何年も愛してきた彼を、私は信じられない目で見つめた。
目の前の人はまるで一瞬で腐り落ち、吐き気のする臭気しか残さなかった。
翌日、抑うつ発作に襲われ、腕を傷つけていた私を置き去りにして、彼は志乃を伴い、プライベートジェットに乗り込んだ。向かう先はモルディブ――バカンスのために。
死にかけながら、私は必死で彼の番号を押した。
「景臣……つらいよ……お願い、帰ってきて……」
数秒の沈黙の後、返ってきたのはあざ笑う声だった。
「深見芽衣(ふかみ めい)、その仮病ネタまだ飽きないのか?本当に死にたいならとっくに飛び降りてるだろ。電話してる時点で嘘だってバレバレだ。死にたいならタイミングくらい選べよ。俺はこれから志乃と温泉に入るんだ。気分を壊すな」
一方的に電話を切られ、私の生死なんて眼中になかった。
スマホが手から滑り落ちる。
脳裏に浮かぶのは、かつて私のために血だらけになるまで戦ったあの男の姿。
今になってやっと気づいた。
――彼はもう、私を愛してはいなかったのだ。
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