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妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。第3話

この話は約4053字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

恵里はどさりと天音の目の前にひざまずいた。「天音さん、お願いします、千鶴さんに私を追い出させないでください」

後部座席の窓が下がり、大智が顔を出した。「お母さん、どうしておばあちゃんの前で恵里さんの悪口を言うの?」

大智は天音を責め立てた。

天音は泥にまみれてひざまずく恵里を見つめた。彼女は極度の無力さと弱さを装い、人々の同情を引こうとしていた。

恵里が大智をここに連れてきたのは、天音と大智の関係を壊すためだった。

「大智くん、お母さんに大声を出したらダメだよ。お母さんは誰の悪口も言わないから」蓮司の庇う声が響き、天音は彼の優しい眼差しを見返した。

真実を知らなければ、天音はきっと感動していただろう。

しかし今の天音には、ただ滑稽に思えた。

「お母さんが告げ口しなかったら、どうしておばあちゃんが恵里さんを追い出すの?絶対お母さんのせいだ!」大智は全く納得せず、車から降りて恵里を引っ張り起こした。「恵里さん、早く立って。ズボンが濡れちゃうよ」

天音は大智が恵里の濡れたズボンを心配するのを見て、自分が雨で全身ずぶ濡れになり、寒さに震えていることを全く気にかけてもらえなかった。

天音の胸は強く痛んだ。

恵里は口元に勝ち誇った笑みを浮かべ、わざと悲しげに言った。「大智くん、私は大丈夫。天音さんが私を追い出さない限り、どれだけひざまずいてもいいから」

天音は大智に堪えながら言った。「大智くん、私は教えたよね。証拠もなしに人を勝手に疑っちゃダメだって」

大智は不満そうに口をとがらせた。「じゃあ、おばあちゃんに恵里さんを追い出さないように言ってくれたら、お母さんのこと信じる」

恵里さんはとても良い人で、パパも恵里さんのことが好きなのに、ママ以外誰も恵里さんの悪口なんて言うわけがなかった。

天音は、大智が恵里のために自分にこんな要求をするとは思いもしなかった。

天音は大智を甘やかしすぎていた。

そのせいで、大智に自分の愛情を利用して好き勝手できると思わせてしまった。

「大智くん、おばあちゃんが決めたことは誰にも変えられないよ。お母さんにそんな無理なこと言っちゃダメだ」蓮司は天音を守るように見せかけて、実は大智にヒントを与えていた。

「じゃあ自分でおばあちゃんにお願いしに行く!パパ、早く行こう!」大智は恵里の手を引き後部座席に戻ろうとし、恵里は抵抗しながらも従った。

天音には、大智と恵里がまるで親子のように見え、何度も「すぐ離れる、もう大智とは関係ない」と自分に言い聞かせたが、胸の奥はやはり痛んだ。

かじかんだ指先を蓮司に引かれて、天音ははっとした。蓮司が優しく言った。「大智くんのことは気にしなくていい。小さなことに気を揉む必要はない。恵里が、お義母さんに辞めさせられれば、すべては元通りになるさ」

元通りになる?

そんなこと、ありえない!

「母から電話があった。家に戻って来いって」

「ここは本家に近いし、君は全身濡れてる。早く着替えたほうがいい」

母の墓がこの霊園に葬られたのは、千鶴がいつでもお参りできるようにという理由だった。

生前の母は千鶴の親友だった。

母が亡くなってから、天音はずっと蓮司の母の世話になり、自分の娘のように可愛がられてきた。

蓮司が天音を裏切ったのは千鶴とは関係ない。

そう考えると、天音は蓮司の手を振り払った。「私が運転する」

恵里が座っていた場所を、天音は嫌悪した。

路肩のパナメーラへ向かって歩くと、蓮司が傘を差し、天音を車に乗せてくれた。

ワンボックスカーは、バックミラーの中で次第に小さくなっていった。

天音は風雅荘に到着した。

「天音、どうしてそんなに濡れているの?」千鶴は使用人に傘をさしてもらいながら出迎え、天音を抱きしめた。「蓮司は?一緒に帰ってこなかったの?」

すぐに使用人にお湯と生姜湯を用意させ、天音を抱いて階段を上った。

千鶴の深い心配そうな表情に、天音の目には涙が浮かんだ。

もし千鶴が蓮司の裏切りを知ったら、どれほど悲しむのだろう。

天音は千鶴に心配をかけたくなかった。「お母さん、彼は後から来るわ」

千鶴は天音をなだめながら二階に上がった。「先にお風呂で体を温めなさい」

天音が着替えて出てくると、千鶴は天音の手を握った。

「いい子ね、悲しまないで。何があったか、私は全部知ってる。

あなたは私の宝物よ。誰にもつらい思いはさせない。

私はあなたの味方だからね。

あなたがどの道を選んでも、私はすべて応援するわ」千鶴はきっぱりと言った。

千鶴の慈しみと揺るぎない愛情に、天音の胸のつかえが決壊したように涙があふれた。

天音は千鶴がどんなに自分を愛してくれても、本心で一番かわいいのはやはり蓮司だと思っていた。

たとえ蓮司の裏切りを知り悲しみ怒ったとしても、最終的には東雲グループと蓮司のために、自分を犠牲にするのだと思っていた。

まさか千鶴が自分を守ってくれるなんて。

感動した天音は、自分の決意を伝えた。「お母さん、私はもう彼と……」

その時、大智が突然ドアを開けて飛び込んできて、千鶴の膝にしがみつき、天音の言葉をさえぎった。

「おばあちゃん、もう恵里さんをお母さんなんて呼ばないから、お願い、恵里さんを追い出さないで」大智は目を真っ赤に泣き腫らし、千鶴に懇願した。

「お母さん、大智を甘やかしすぎると、天音を怒らせてしまうよ」

蓮司が外から入ってきて、天音は蓮司と大智を見て顔をそむけた。

蓮司はさらに近づき、天音の額に手を当てた。天音は避けようとしたが間に合わなかった。

熱がないと確認して、蓮司はほっとした。

千鶴は天音と蓮司の親しげな様子を見て、孫の大智を見下ろし、執事の電話の内容は事実ではないと判断した。

執事は天音が書斎から出てくるのを見ていなかったし、書斎の乱れも多分どこかの使用人の仕業だろう。

千鶴は辛抱強く誠意をこめて言い聞かせた。

「大智くん、恵里をお母さんなんて呼んじゃダメ。天音こそがあなたのお母さんなのよ。あなたを産むために体を壊して、風が吹いたり雨が降ったりすると腰がとても痛むの。どうしてそんなにお母さんを傷つけるの?

私は誰にも天音を傷つけさせない。恵里が変なことを教えたから、この家から追い出さないといけないの」

大智の目には涙が溜まり、ひどく悲しそうだった。

別に自分がママに「産んで」と頼んだわけではなく、ママが自分を産んだのだ。

なぜ天音の苦しみまで自分が背負わなければならないんだ。

でも千鶴と蓮司、二人の厳しい目を前にして、大智は反論できなかった。

「天音、心配しなくていいわよ。恵里は私の遠い親戚だけど、大智くんに悪いことを教えたから、きちんと罰を与えて、すぐにでも出て行ってもらう」

天音は千鶴を見て、千鶴が恵里を追い出すのは蓮司の浮気を知ったからではなく、今朝の幼稚園での出来事が理由だとやっと気づいた。

それだけで千鶴を悲しませ怒らせるのだから、もし本当のことを知ったら、もっと大変なことになるだろう。

大智はどさりと天音の前にひざまずき、彼女の手を握った。

「お母さん、お願い、おばあちゃんに恵里さんを追い出さないように言ってよ」

「あと1か月したら、僕の誕生日だよ。今年の誕生日、何が欲しいかずっと聞いてたじゃん?

何もいらない。ただ恵里さんがずっと僕のそばにいてくれればいい。

お母さん、約束守ってよ」

天音は大智の幼い顔を見つめ、頼み込むのにしては、どこか傲慢な表情に気づいた。

たとえ恵里に利用されていても、天音に少しも敬意を払わないのは、大智自身の選択だった。

いずれ真実を知ったとき、後悔しても自業自得だ。

それでも天音は大智に最後のチャンスを与えたかった。

「大智くん、それが本当に一番欲しい誕生日プレゼントなんだね?」

「うん」

「絶対後悔しない?」

「しない!」大智は力強くうなずいた。「恵里さんがずっとそばにいてくれればいい」

「わかった。じゃあ叶えてあげる」

天音は大智の手をそっと離した。「30日後、そのプレゼントをあげるわ」

それは天音が去る日でもあった。

大智は天音が自分を見ずに顔をそむけるのを見て、胸の奥がちくりと痛んだ。

大智は今まで、天音にフルネームで呼ばれたことがほとんどなかった。

どんなに怒られても、あんな声色ではなかった。

だが大智は、天音がいつも自分のわがままを聞いてくれていたことを思い出し、不快な気持ちを無視した。

天音は今は怒っていても、しばらくすれば機嫌が直る。毎回そうだった。

大智は千鶴に向かって叫んだ。「おばあちゃん、お母さんが約束してくれた。僕、もう恵里さんをお母さんなんて呼ばないから、恵里さんを追い出さないで」

千鶴は天音が何も要求しないのを見て、蓮司がそばにいて、天音はまるで子猫のようにおとなしく黙っていたので、すっかり問題は収まったものと思い込んだ。

「天音が恵里を追い出さないって約束したけど、私は約束していないわよ。

今日からは他の人に面倒を見てもらうから。もう決めたの」

千鶴は天音の目の前で恵里を解雇した。大智がどれだけ駄々をこねても無駄だった。

千鶴が自分を守ってくれたことに、天音の心は温かくなった。

30日後、天音が密かに去ったら、千鶴はどれほど悲しむだろう。

その時はきっと千鶴に「心配しないで」と伝言を残そうと天音は思った。

これから一ヶ月、恵里の顔を見ずに済むと思うと、天音の気分は少し楽になった。

千鶴に心配をかけたくない天音は、蓮司と大智とともに家に戻った。

車が屋敷を出たばかりで、天音の携帯が鳴った。恵里からのメッセージだった。

【天音さん、聞いたことある?名門家の一族では、息子の妻が子どもを産めないと、母親がこっそり息子に愛人を用意するって。】

【天音さん、本当にあなたがかわいそう。信じていた人に裏切られて。】

【ねえ、私が今どこにいると思う?】

恵里は別荘の裏庭のチューリップの写真を送ってきた。それは天音の母が一番好きだった花で、自分で植えたものだった。

その花の一輪が今恵里の手で粉々にされていた。

天音は怒りを抑えながら蓮司を見つめてこう言った。

「すぐ戻って」

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