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夫を賭けた勝負に、私は負けた第2話

この話は約2148字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

それを聞いた正樹は、珍しく興味を持った。詳しく見ようとしたが、花織が先にその書類を玲奈へ差し出し、席を立った。

「じゃあ私はこれで。おやすみ」

正樹の興味は、あっという間に花織のほうへ向いた。

「送っていくよ」

しかし、花織は首を横に振った。そして、意味ありげな視線を玲奈へ向ける。

「ううん、大丈夫。玲奈と一緒にいてあげて……もう時間もあまり残ってないしね」

「時間がない?」

正樹は眉をひそめた。その言葉の意味を問いただそうとしたが、花織はもう扉を開けた。

正樹は反射的に車のキーを手に取った。

「玲奈、花織を送ってくる。すぐ戻るから」

それだけ言い残して、花織の後を追う。

バタン――

扉が閉まった。

部屋に入ってから出ていくまで、正樹は一度も玲奈を見なかった。

しかし、玲奈はもう慣れていた。こんなことで傷つくこともない。

彼女は静かに離婚届をしまい、寝室に入った。

明かりを消し、布団に入ると、ゆっくりと目を閉じる。

やがて、玲奈は眠りに落ちていった。

それから30分ほど経った頃、玄関のほうから物音がした。しばらくして、部屋の明かりがつく。

玲奈が眠たげに目を開けると、正樹が引き出しを開け、コンドームの箱をいくつかしまっているところだった。

そのまま正樹は玲奈のもとへ来ると、彼女を抱き寄せた。耳元に、温かな吐息がかかる。

「前は毎晩、俺が帰ってくるまで起きて待ってくれてただろ?今日は、ずいぶん早く寝たな」

――それは、もう昔のこと。

これから先は、二度としない。

玲奈は胸の内でそう呟きながら、適当な理由を口にした。

「生理だから、ちょっと具合が悪くて」

郊外で玲奈を置き去りにしたことを思い出したのか、正樹は申し訳なさそうに言う。

「……ごめん。生理のこと、忘れてた」

玲奈は、静かに問い返した。「覚えてたら……私を置いていかなかった?」

その問いに、正樹は言葉に詰まった。

部屋には、しばらく沈黙が落ちた。やがて正樹が、低い声で言い訳する。

「本当にごめん。今日、花織が足を捻ったんだ。あいつは小さい頃から痛がりだったから、つい焦っちゃって……

約束する。もう二度と、こんなことはしない」

――これで、もう9回目なのに?

玲奈の目に、自嘲するような笑みが浮かぶ。「うん、分かった」

似たようなことはもう二度と起きないだろう。なぜなら――

正樹とは、もうすぐ離婚するのだから。

……

翌朝。

玲奈が目を覚ますと、枕元にぬるめのお湯と痛み止めが置かれていることに気づく。

「おはよう、玲奈。薬を飲んだら、朝ごはんにしよう」

朝食を運んできた正樹が、いつものように声をかける。花織が帰国する前は、毎日のように見ていた光景だった。

あの頃の玲奈は、これが愛なのだと思っていた。

だからこそ、花織の賭けに応じた。

けれど、結果は惨敗だった。

玲奈は、いつものように「ありがとう」と答えなかった。ベッドから起き上がると、クローゼットから服を取り出す。

「ごめん、あまり食欲がないから。このあと出かける予定もあるし、正樹は先に食べて」

身支度を整え、バッグを手に取って玄関へ向かう。

すると正樹も上着を手にした。

「出かけるなら、送るよ」

断りきれず、仕方なく玲奈は頷いた。

車に乗り込んで、玲奈はすぐに気づいた。

バックミラーに吊るしていたお守りがなくなっている。代わりに、可愛らしいうさぎのキーホルダーがぶら下がっていた。

さらに、ダッシュボードに置いていた木製の人形も消え、うさぎのぬいぐるみがずらりと並べられている。

玲奈の視線に気づいた正樹が、すぐに口を開いた。

「昨日、路肩に車を停めたまま窓を閉め忘れてたんだ。雨で玲奈が置いてくれた人形が濡れちゃって、秘書に片付けさせたんだけど、そのついでに新しいのに替えたらしい」

――秘書に片付けさせた?

玲奈は、花織がこういうぬいぐるみを昔から大好きだったことを覚えている。

家には、うさぎのぬいぐるみだけを集めた部屋まであった。

けれど、玲奈は何も言わなかった。ただ、静かに尋ねる。

「じゃあ、あのお守りは?武田山の神社から授かったものだったけど……返してくれる?」

正樹の表情が、一瞬だけ固まった。

「ごめん、秘書が間違えて捨てたみたいだ。探させるから、待っててくれる?」

まだ、そんな言い訳をするんだ。

玲奈は、すごく疲れたような気がした。

「捨てたなら仕方がない、もういいよ」

「……え?」正樹が、意外そうに玲奈を見る。

「本当にいいのか?」

玲奈は小さく頷いた。

「うん。もう、いらない」

お守りも。この結婚も。そして――正樹も。

もう、全部いらない。

……

今日は同窓会の予定だった。

店に着くと、玲奈はそのまま個室へ向かった。

部屋にはすでに大勢の同級生が集まっている。玲奈の姿に気づくと、あちこちから声が飛んできた。

「玲奈、今日は一人?正樹さんは連れてこなかった?仕事が忙しいのかな」

玲奈が答えるより先に、中央に座っていた花織が、何気ない様子で口を挟んだ。

「午前中は会議があるらしいの。11時くらいまでかかるって言ってた。午後からは取引先と商談があるみたいだし、たぶん今日は時間ないんじゃないかな」

正樹の予定を、まるで自分のことのように把握している。

それを聞いた同級生たちは、半ば冗談めかして笑った。

「やっぱり幼なじみってすごいね。お互いの予定まで全部把握してるんだ」

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