君が与えた愛、またの名を孤独第3話
この話は約2597字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
この家で私の物と呼べるものは、驚くほど少なかった。
まるでここは私の一時的な休憩所で、いつかは立ち去る場所のように。
半分も埋まらないスーツケースを見て、胸が重くなる。
一から築き上げてきた生活だから、普段は質素に暮らしている。
でも佳典のためなら、いつも一番良い物を選んできた。
彼が私のものだと証明したくて、必死だったから。
ペアのマグカップに歯ブラシ、お揃いのパジャマ、クッション……
でも結局「使いにくい」という理由で、すべてお蔵入りになった。
大きなビニール袋を取り出して、ゴミ扱いされた品々を次々と詰め込む。
私が去った後、この部屋には新しい女主人が住むかもしれない。
私のセンスは元々よくないし。
佳典のために部屋を片付けてあげる、と思うことにした。
一通り整理を終えて、テーブルの上のほとんど手つかずの朝食に目が留まる。
以前なら、もったいなくて冷蔵庫にしまって夕食にしていただろう。
でも今日は迷った末、すべて捨てることにした。
パンも、ベーコンも、コーヒーも好きじゃない。
桜国人の胃を持つ私は、お粥や味噌汁が恋しい。でも佳典は「口の中に匂いが残る」と言う。
だから朝食はずっと彼の好みに合わせてきた。
彼に合わせるうちに、自分が何を好きだったかさえ忘れてしまった。
今日は思い切ってすべて処分して、携帯で自分好みの朝食を注文する。
そして食器を流しに運び、一番嫌いな皿洗いを始めた。
同棲を始めた頃、食洗機を買いたいと佳典に相談したことがある。
でも彼には潔癖症があって、「機械より手洗いの方が清潔」だと言い張った。
私が洗剤アレルギーだということを、彼は忘れていた。
水に触れた手がちくちくと痒くなり、視界がだんだんぼやけてくる。一粒の涙が情けなく頬を伝った。
佳典にとって私は一体何なのだろう?
暇つぶしの調味料?
それとも生活のお手伝いさん?
少なくとも、本当の恋人ではない。
すべてを片付け終えて、ベランダのロッキングチェアに身を委ねた。肌に降り注ぐ陽光が、ほんの少しでも慰めをくれることを願いながら。
携帯に通知が届く。
開いてみると、心遥が久しぶりに更新したSNSだった。
位置情報は東山。
【日の出を見逃したなら、今度は運命の人を見逃さないで】
添付された写真は彼女のセルフィー。右下の隅に、佳典の時計の一部が写り込んでいる。
時計の部分を拡大して確認する。間違いなく彼のものだった。
何度も傷ついてきたせいで、今ではもう感覚が麻痺してしまった。
深く息を吸う。
窓の外の景色を眺めた。
空の雲がゆっくりと流れていく。
太陽も次第に西へと移動している。
閉じ込められているのは、私だけ。
佳典への想いを檻にして、自分で自分を縛りつけている。
朝から座り続けて、いつの間にか夜になっていた。
傷ついた猫のように、隅っこで丸くなっている。
また日付が変わる頃になって、佳典が帰宅した。
顔には隠しきれない喜びが浮かんでいる。
玄関に入ると、大きなゴミ袋二つが目に留まり、眉をひそめた。
「やっと物置の無駄なもの処分したのか?」
佳典は私たちの写真が印刷されたマグカップを見つけたようだった。
「こんなダサいもの、とっくに捨てるべきだったんだ。
捨てる時は、砕くの忘れるなよ。写真付きとか、恥ずかしいから」
シャツのカフスボタンを外しながら、無関心に忠告する。
もう少し注意深く見れば気づくはずなのに。
あの中身のほとんどが、私の物だということに。
でもそれも当然か。心をここに置いていない人が、そんな細かいことに気づくわけがない。
「約束のエッグタルトは?」
私はその言葉で、佳典の後ろめたさを呼び起こそうとした。
佳典の方を見つめる。
彼のカフスボタンを外す手が止まった。
しどろもどろに言い訳をする。「あー、今日は遅くなってしまって、着いた時にはもう閉店していたんだ。今度必ず持って帰る」
佳典が嘘をつく時は、いつもこんな風にたどたどしくなる。
私が自嘲に浸っていると、彼が突然思いがけない質問を投げかけてきた。
「この前のお守り、どこで買ったんだっけ?」
私は困惑した表情で彼を見上げる。「普段はそういうの信じないでしょう?」
佳典の視線が泳ぐ。「ああ、同僚に頼まれたんだ。縁起担ぎってやつかな」
私はただ微笑んで、お守りを授かった寺の場所を彼に送信した。
このお守りは簡単に手に入るものではない。
授かるためには、一週間寺で精進料理を食べ続けなければならない。
その間、ひたすら跪いて拝み、写経もしなくてはならない。
きっと心遥のために求めるつもりなのだろう。
「一週間もか?代理で誰かに頼むことはできないのか?」
佳典の声に落胆が滲んでいる。
彼の様子がおかしいことに気づいて、私は口を開いた。「私が行こうか。あそこの精進料理、また食べたくなったところだし」
彼は少し迷った後、こくりと頷いた。
「これ、生年月日だ」
メッセージを送ってから、彼は部屋の奥へ向かった。
私は小さくつぶやく。
「私からあなたたちへの最後の祝福ということで」
この日を境に、佳典はほとんど家に帰らなくなった。
いつも仕事が忙しいという口実で。
でも心遥のブログは頻繁に更新されている。
たまに佳典が帰宅する時は、何かしら土産を持ってきてくれる。
けれど心遥のブログを見れば一目瞭然だった。罪悪感から同じものを二つ買っているだけ。
私は相変わらず自分の荷物をまとめていた。
この部屋から私という余計な物を、残らず取り除いているのだ。
広い家がますます空虚になっていく。
暇な時間には、南国行きの準備も進めている。
今日も荷物を整理していると、電話が鳴った。
画面に表示されたのは佳典の番号。
でも電話口から聞こえてきたのは、女性の声だった。
「茂野さんですか?同窓会で佳典が酔いつぶれてしまって、お迎えをお願いできますか?」
どこか聞き覚えのある声。
同窓会?
私だって佳典の同級生なのに、そんな集まりがあることすら知らなかった。
電話を切ると、深く考える余裕もなく、急いで服を着替えてタクシーでホテルへ向かった。
個室の半開きのドアを押し開ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは、佳典の姿だった。
頬が紅潮し、焦点の定まらない瞳は明らかに酔いが回っている。
隣で彼の世話をしている女性に、半ば寄りかかるような格好で座っていた。
二人の親密な様子は、まるで熱烈に愛し合う恋人のよう。
時折頭を寄せ合って囁き交わし、じゃれ合って笑い声を立てている。
その女性こそが、神崎心遥だった。
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