十年、誤って捧げた愛に別れを第3話
この話は約1941字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
深夜。
思ったとおり、陽向から国際電話がかかってきた。
つながるなり、鼓膜を撃つような怒鳴り声が飛んできた。
「美蘭が言ってたぞ。迎えに行かなかったって?彼女はひとりでタクシーで帰る羽目になって、その上、飯も作ってあげてない?出前を頼もうとしたら、金がもったいないだと?
初音、俺がいない間に妹にそんな扱いをするのか?その性格、直さないなら、俺たちの関係、考え直す必要があるかもな」
ここまで聞いて、私は小さく相づちを打った。
「じゃあ、帰国したら会おう。はっきりさせよう」
私のこの返事が予想外だったのか、陽向はしばらく黙り込んだ。
「何の話だ?どうせまたそのウェディングプランの話だろ。そんな暇があるなら自分を磨けよ。嫁ぐことばかり考えて、恥ずかしくないのか?俺は明後日帰る。俺を納得させたいなら、態度で示せ」
陽向は声を少し和らげたものの、その言葉は露骨にぞんざいだった。
彼はもう忘れているのだろう。
私と陽向が付き合い始めた最初の年、彼は誓った――博士号を取ったその日に、私に一番盛大な結婚式を贈ると。
七年間待ち続けて、彼はついに博士号を取得した。
私は浮き立つ気持ちで、いくつものブライダル会社を比べて回った。
それから一年が経ったころ、私は心を込めて選んだプランを手に、陽向のもとへ持っていった。彼はどこか申し訳なさそうに言った。
「忙しくて、結婚のことまで考えられない」
そして、その翌年、彼はいちばん忙しい時期をようやく抜け出し、私とウェディングドレスの試着に行く約束をした。けれどその日、私はドレス姿のまま一日中待ち続け、届いたのは彼の「寝坊した」の一言だけだった。
三年目、私はウェディングプランを取りやめた。
深く息を吸って、私はゆっくり口を開く。
「陽向、結婚の話じゃない……」
言いかけたところで、電話の向こうから女の子の驚いた声が聞こえた。
陽向は何も言わず、そのまま電話を切った。
私はしばらくスマホの画面を見つめていた。けれど、もうかけ直すことはしなかった。
時間はすぐに流れ、陽向の帰国日になった。
先んじて【迎えに来て】とメッセージが届いたが、私は無視した。
ほどなく電話がかかってきて、帰国当日にしか時間がないと陽向は言う。
翌日は研究室だし、当分会えない、と。
話をこじらせないため、結局私は行くことにした。
渋滞に巻き込まれ、着いたのはもう夜の十一時だ。
明るい照明の空港の外。
ガラス越しに見えたのは、玲奈が陽向の背中に額を預け、左右に首を揺らして甘えている姿。
私はクラクションを強めに鳴らした。二人は跳ねるように離れた。
陽向は私だと分かるなり、歩み寄って車窓をパンパンと叩いた。
「七時に来いって言っただろ。今、何時だと思ってる?」
窓をほんのわずかに下ろすと、冷気の中に立つ陽向の顔が見えた。頬は凍りついたように真っ白だ。
「道が混んでたの」
陽向は怒り心頭といった様子で、まだ何か言おうとした。私はその言葉をさえぎる。
「早く乗りなさい。あなたの可愛い後輩、凍えちゃうわ」
彼は一瞬詰まり、私を責めるのをやめて、慌てて後部座席のドアを開け、玲奈を先に乗せた。
それから私を見て、無言で荷物を運べと目で促す。
私はスマホで仕事のメッセージを返しながら、彼の視線を完全に無視した。
車の中で、玲奈がミラー越しにこちらを観察している。
私は落ち着いたまま視線を返す。
そして、自然と彼女の首元へ目がいった。そこには、見覚えのあるマフラーが巻かれている。
それは陽向のだ。毎年、冬になると彼がいつも身につけていたものだ。
去年のクリスマス、やっとのことで陽向は私の誘いを受けて、一緒に映画を観に行ってくれた。
映画が終わって外に出ると、冷たい風が吹きつけ、私は身を縮めた。
隣では、別のカップルの男の子が自分のマフラーを彼女に巻きつけ、「外すなよ」と言っていた。
羨ましくて、私はそっと陽向の腕をつついた。
彼は眉をひそめ、即座に言い放つ。
「そんなの、ありえない。俺、自分のマフラーを他の人に使わせるのは嫌いだ」
なのに今、そのマフラーは玲奈の首にしっかり巻かれている。
結局、彼は人にマフラーを使わせるのが嫌なんじゃなかった。私に使わせるのが嫌だっただけ。
私の視線に気づいたのか、玲奈が気まずそうに笑って、小さな声で言う。
「さっき、外で待ってたら寒くて……先輩が貸してくれたんです。高坂さん、誤解しないでくださいね」
私も笑った。
「たかがマフラーくらいで誤解しないわよ。でも、陽向も気が利かないわね。こんな寒いのに、あなたをタクシーで帰らせればよかったのに。私を待って無駄に時間つぶして、浮いた分のタクシー代なんて何の得にもならないわ。風邪でもひいたら、治療費のほうが高くつくのにね」
玲奈の口元に浮かんでいた笑みが、すっと形を失った。
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