前世の虐めに目覚めた花嫁、婚約破棄を決意第1話
この話は約2264字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
滝川奈津美は三年間、黒川涼に尽くし続けた。自分の誇りも、プライドさえも捨て去るほどだった。
しかし涼にとって彼女は所詮、予備の選択肢、いつでも切り捨てられる存在でしかなかった。
神崎市の誰もが知っていた。涼が本当に愛しているのは白石綾乃であり、奈津美は安っぽい代用品に過ぎないことを。
結婚式当日、奈津美は何者かに拉致され、三日三晩もの間、散々な目に遭わされた。
それなのに涼は身代金を払うことを拒否し、むしろその日のうちに白石綾乃と結婚式を挙げてしまったのだ。
その時、奈津美の目が覚めた。
気づけば三年前、婚約パーティーの日に戻っていた。白石綾乃の自殺未遂の知らせを聞いて、涼が彼女を置き去りにした、あの日に。
周りの視線は冷ややかだった。
しかし奈津美は一切取り乱すことなく、ただ静かに婚約破棄を告げた。理由は「黒川グループ社長のED疑惑」。
その一言で世間は騒然となった。
かつて彼女を徹底的に軽蔑していた涼が、今度は彼女を壁際に追い詰めて言った。
「奈津美、こんな駆け引きが楽しいのか?」
「社長、厚かましいという言葉は初めて聞きました?」
* * *
神崎市の誰もが知っていた。滝川奈津美(たきがわ なつみ)が黒川涼(くろかわ りょう)に一途な想いを寄せていることを。
誇りもプライドも捨て去るほどの、狂おしい恋だった。
結婚式の日、白石綾乃(しらいし あやの)のたった一言で、涼は花嫁の奈津美を置き去りにし、カーウェディングで空港まで白石を迎えに行ってしまった。
三年もの間、心待ちにしていた結婚式は、奈津美の人生で消えることのない悪夢となった。
式当日、彼女は涼の仇敵に誘拐され、涼への報復として三日三晩も責め続けられた。
最後には全裸で甲板に縛り付けられ、犯人たちは涼への復讐として、その様子を生配信した。
冷たい潮風に全身が震え、奈津美は泣きながら命乞いをした。プライドは地に落ち、踏みにじられた。
その時、涼は何の迷いもなく綾乃と入籍していた。
「黒川、二千万円の身代金を払えば、お前の婚約者を解放してやる。さもなければ、海に沈めてやるぞ」
犯人は侮蔑的な声で最後通牒を突きつけた。
しかし返ってきたのは、冷ややかな嘲笑だけだった。
「穢れた女なんて、死のうが生きようが、俺には関係ない」
その言葉を聞いた奈津美は、凍りついた。
穢れた女?
まさか涼の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかった。
涼の潔癖症は周知の事実で、奈津美はずっと純潔を守り通してきた。
この三年間、涼の言うことには絶対服従し、命さえ差し出す覚悟だった。
せめて罪悪感くらいは感じているだろうと思っていたのに。
でも違った。これが涼の本心だった。
電話を切られた犯人たちは激高し、奈津美を海に投げ込むよう命じた。
その瞬間、奈津美は自分が滑稽な存在でしかないことを悟った。
神崎市の誰もが知っていた。滝川奈津美は白石綾乃の代わりに過ぎないことを。
涼と結婚するため、誇りある地位も捨て、世間の噂にも耐え、涼のおばあさまの面倒を見続けた。
すべては涼のためだった。
三年もの時間をかけて、やっと涼の心を掴めたと思ったが、すべては他人のための土台作りに過ぎなかったと気付いた。
奈津美は絶望と共に目を閉じ、後悔の涙を流した。
もう一度人生をやり直せるなら、絶対に涼には近づかない――そう心に誓った。
「まさか!本当に飛び込むなんて!正気じゃないわ!」
「そこまでする必要ある?黒川様の指輪だからって、拾いに飛び込むなんて......」
「滝川が黒川様に尽くしてるのは周知の事実でしょ?プールに飛び込むくらい平気よ。裸踊りだって命令されりゃ喜んでやるんじゃない?」
周りから嘲笑の嵐が降り注ぐ。
息苦しさが込み上げてくる。
頭がクラクラする中、男たちの嘲るような笑い声が耳に響く。
「げほっ、げほっ......!」
やっとの思いで水面に顔を出した奈津美は、目の前の光景に我を疑った。
プールサイドには物見高い招待客ばかり。純白のドレスは水を吸って重たく体に張り付いている。
見覚えのある光景――三年前の婚約パーティーだ。
もしかして......タイムスリップ?
すぐに思い出した。前世では涼は、奈津美が黒川家の祖母を説き伏せて早めに婚約式を開かせたと誤解し、このパーティーで意図的に彼女を辱めたのだ。
今でも鮮明に覚えている。涼がプールに婚約指輪を投げ込み、「この指輪を拾えるなら、お前と結婚してやってもいい」と冷笑いながら言い放った瞬間を。
泳げないことを知っていながら、奈津美は必死になってプールに飛び込んだ。何度も沈みそうになりながら、やっとの思いで指輪を掴んだ。
全身ずぶ濡れで、惨めな姿でプールサイドに上がった時、待っていたのは想像以上の屈辱だった。
綾乃が手首を切ったと聞くや否や、涼は血相を変えて席を立った。
奈津美の存在など眼中になく、彼女の立場も体面も全く気にかけなかった。
こうして奈津美は神崎市中の笑い物となった。
奈津美は握りしめている指輪を見つめ、苦笑いを浮かべた。
これが私の望んだことだったの?
皆の視線を浴びながら、奈津美はゆっくりとプールサイドに上がった。
「すごいわね!あんな深いプールから指輪を拾うなんて。早く黒川様にご報告に行ったら?」
「そうよ。その指輪がないと婚約できないんでしょう?」
......
周りはまだ騒がしい。
彼らの目には、奈津美は単なる笑い物でしかなかったのだ。
嘲笑が続く中、奈津美は無表情のまま、自分の婚約指輪も外し、両方の指輪をプールへ投げ入れた。
「ぽちゃん」という音とともに、場内の笑い声が嘘のように消え失せた。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)