別れの時になってこそ、愛の深さを知る第3話
この話は約1291字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
彼の皮肉でまた泣いてしまうかと思っていたが、不思議と心は静まり返っていた。
階段を駆け上がる彼の背中を見つめながら、私はフランス語で口を開いた。
「わかった、出ていくわ」
その瞬間、小さな背中が勢いよく振り返り、顔が強張ってまるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべた。
彼は慌てて腕時計型の電話を操作し、父親に向けてフランス語で音声メッセージを送った。
「パパ、パパ、大変だよ。あのクソババア、フランス語わかるんだ」
数秒も経たないうちに、返事の音声が送られてきた。
久保柚希(くぼ ゆずき)の見下すような声が流れる。
「颯太、何をバカなこと言ってるの!あの女の家なんてとっくに破産してるのよ。フランス語学べる環境なんてあるわけないでしょ?
この数日おとなしくしてなさい。私がパパとデートしてるんだから邪魔しないで。
また今度お菓子持ってきてあげるからね」
颯太は顔をこわばらせて私を何度もじろじろと見た。私が何の反応も示さないのを見ると、彼は私が言ったことを忘れ、嬉々として向こうに返信した。
「わかったよ。おばちゃん、パパと楽しく遊んできてね。
早くかわいい妹を僕に産んでくれるといいな」
この数日、私は翔真との過去を思い返さずにはいられなかった。
あの頃、私が破産して世間中から罵られ嫌われたとき、元婚約者は婚約を破棄したばかりか、落ちぶれた私の家に追い打ちをかけるように侮辱してきた。
そんなとき、まるで七色の雲に乗った英雄のように現れて「俺が君を娶る」と言ったのが、翔真だった。
当時の彼は事故で両足が不自由になったばかりだったが、私はためらうことなく彼と結婚し、彼のために子供を産み、彼が不自由になってから7年間、彼を看病した。
今思えば、彼が私と結婚したのは、彼と義理の妹柚希との、人には見せられない関係を世間から隠すためだったと分かった。
……
颯太の部屋からはゲームの音がずっと聞こえてくる。
私はこれまでのようにゲーム機を取り上げて早く寝なさいと叱りもしなかった。
宿題のことも言わなかった。明日先生にチェックされるというのに。
彼がそこまで私を嫌うのなら、この母親の役目を放り出しても構わないと思った。
でも、どうして翔真がこんなにも演技が上手いのか、何日考えても分からなかった。
夜中の二時、再び柚希から挑発のメッセージが届いた。
【杏奈、この数日、翔真はね、めちゃくちゃ熱心に私と愛し合ってるの。本当にすごい体力ね。精力を全部私に捧げてるわ
それに、あなたじゃ全然興奮できないって言ってたわ】
そのメッセージと一緒に写真が一枚。
翔真が柚希の背後に立ち、両手を彼女の鎖骨の辺りにいやらしく這わせ、その瞳には隠しきれない欲望が滲んでいた。
私は自虐的に何度も写真を見た。心臓は誰かに握りつぶされるかのように痛み、言葉にならないほどの痛みが全身に広がった。
かつて私は、本気で彼こそが自分の救いだと信じていた。
歩けなくなった彼を支えることが、私の宿命だとさえ思っていた。
この七年間、彼は確かに私を甘やかし、人前では愛妻家とまで呼ばれるほどだった。
けれども、その裏で彼は何度も私を欺き、真実の愛をすべて柚希に注いでいたのだ。
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