別れの時になってこそ、愛の深さを知る第1話
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結婚してから、私大塚杏奈(おおつか あんな)は足の不自由な夫久保翔真(くぼ しょうま)を七年間ずっと世話してきた。
けれども、彼が立ち上がったその日、偶然にも彼が親友とフランス語で話しているのを耳にした。
「翔真、お前ほんとにあの地味女と結婚式やり直すつもりか?もし大事な妹ちゃんが傷ついたらどうするんだよ?」
翔真は息子の久保颯太(くぼ そうた)にエビをむいてやりながら、ゆったりと答えた。
「あり得ないだろ。お前も大事だって言うじゃないか。傷つけるなんてできるわけないだろう」
「パパと同じ。僕もキレイなおばさんが好きで、ブサイクのママなんて大嫌い」
傍らで息子がフランス語で口をはさんだ。
彼らは知らない。私はフランス語が分かるのだ。
こんな生煮えの人生を、これ以上続ける気にはなれなかった。
* * *
結婚してから、私大塚杏奈(おおつか あんな)は、足の不自由な夫久保翔真(くぼ しょうま)を七年間ずっと世話してきた。
けれども、彼が立ち上がったその日、偶然にも彼が親友とフランス語で話しているのを耳にした。
「翔真、お前ほんとにあの地味女と結婚式やり直すつもりか?もし大事な妹ちゃんが傷ついたらどうするんだよ?」
翔真は息子の久保颯太(くぼ そうた)にエビをむいてやりながら、ゆったりと答えた。
「あり得ないだろ。お前も大事だって言うじゃないか。傷つけるなんてできるわけないだろう」
「パパと同じ。僕もキレイなおばちゃんが好きで、ブサイクのママなんて大嫌い」
傍らで息子がフランス語で口をはさんだ。
彼らは知らない。私はフランス語が分かるのだ。
こんな生煮えの人生を、これ以上続ける気にはなれなかった。
……
翔真は息子の額に手を当て、満足げに微笑みながら、無意識にフランス語で褒めた。
「颯太は本当にお利口だね。パパとおばちゃんが可愛がった甲斐があったよ。
颯太がもう少し大きくなったら、おばちゃんにキレイな妹を産んでもらおう。そうすれば学校も一緒に行けるだろ」
颯太は手を叩き、ぎこちないフランス語で興奮気味に叫んだ。
「やった、最高だ!
僕、おばちゃんとパパが一番好き!おばちゃんの産むキレイな妹も大好き!
うちにあの口うるさいママがいなければいいのに。会うとイライラするだけだよ」
その言葉を耳にした瞬間、私は固まった。信じられず、しばらく動けなかった。
私の視線に気づいたのだろう、翔真は笑顔で私にゴーヤを取ってくれ、優しい声をかけてきた。
「どうした、杏奈」
私は首を振ったけれど、涙が勝手にあふれて止まらない。胸の奥が張り裂けそうに痛く、息苦しさが全身を支配した。
翔真は忘れてしまったようだ。この家で最初にフランス語を覚えたのは私であることを。
そして、私がゴーヤをまったく口にしないことも。
私の目が赤くなっているのを見ると、翔真は一瞬で慌てておろおろし出した。
「どうして泣いてるんだよ」
私は彼の手を避け、自分で涙をぬぐい、無理やり口角を上げて笑った。
「なんでもないの。ただ、あなたが私がゴーヤ嫌いだって忘れてたから」
わざと甘えた声でそう言った。
「ところで、さっき何を話してたの?」
翔真の顔はこわばり、うしろめたさから私を見ることができなかった。
「いや、なんでもない。大吾のやつが俺たちの仲を妬んでただけだ」
適当な理由でごまかした後、彼は自責の念に駆られたように話題を変えた。
「ごめん、杏奈。次からはちゃんと覚えて、二度とゴーヤを食べさせないから。
俺の一番きれいな杏奈は、この一生、甘いものだけ食べてればいいんだ」
そう優しくなだめながら、彼は私の皿からゴーヤを取り除いた。
そんなとき、隣で息子が白い目を向けて吐き捨てる。
「ふん、わざとらしい。ちょっと食べたって死ぬわけじゃないでしょ。
いい大人なのに、泣き虫みたいで恥ずかしい」
さっきまで優しかった翔真は、途端に険しい顔になって怒鳴った。
「颯太!ママにそんな口をきくな!すぐに謝れ!」
息子は不満げに舌を出して、渋々「ごめん」と言った。
大吾もさすがに呆れて口を出す。
「はいはい、わかったから。お前ら夫婦仲良いのはいいんだけど、子どもに当たるなよ」
翔真は大吾をにらみ、得意げに鼻を鳴らした。
「何だよ、羨ましいだけだろ。俺にはこんなにきれいで思いやりのある妻がいるんだから、存分に自慢させてもらうさ」
私は箸を置き、静かに翔真を見つめた。
彼はまるで心から私を愛しているかのように振る舞い、私の視線に気づくとすぐさまスープをよそって、ふうふう冷ましてから口元に差し出してきた。
「杏奈、この七年、本当に苦労をかけたな。俺の世話に加えて、子どもの面倒まで。
でももう大丈夫だ。俺は立てるようになった。これからの人生、俺は命をかけて君を愛するよ」
もし昔なら、この言葉を聞いただけで感極まって泣いていただろう。
だが今の私の胸には、刺すような痛みと冷たい皮肉しか残っていなかった。
まるで彼の仮面が完璧すぎて、さっきのフランス語の会話が幻だったのではと思えてしまうほどに。
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