元夫の命令?即再婚第1話
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私は鷹宮柚葉(たかみや ゆずは)。
三年の恋をして、三年の結婚をした――
夫・鷹宮宗一郎(たかみや そういちろう)は、とうに私に飽きていた。
離婚を盾に脅され、命を懸けて掴んだレースの表彰台を、彼の新しい恋人・一条美緒(いちじょう みお)に譲れと言われる。
私は迷わず、離婚届にサインした。一秒でも早く、この結婚を終わらせるために。
――それなのに。
宗一郎は花束を抱え、私が捨てた指輪を手に、大型ビジョンを使って、復縁を迫ってきた。
その光が消えたのは、一瞬だった。
黒沢晃(くろさわ あきら)が私の腰を抱き、背を向ける。
「俺の妻にプロポーズするなんて、いい度胸だな」
* * *
ランキングレース最終ラップでアクシデントが起きた。マシンは時速200キロを超えたままタイヤバリアに突っ込み、私――鷹宮柚葉(たかみや ゆずは)は、脛の骨を折った。
救急搬送が間に合い、命だけは拾った。
それでも――表彰台の端、かろうじて3位には食い込めた。
病室のベッドに横たわりながらも、胸の奥は不思議と高鳴っていた。この朗報を、夫の鷹宮宗一郎(たかみや そういちろう)に自分の口で伝えたかった。また一つ、彼のクラブに栄誉を持ち帰れたのだと、誇らしく言いたかった。
けれど私の目に飛び込んできたのは、宗一郎が一条美緒(いちじょう みお)を抱き寄せ、満面の笑みで祝杯をあげる写真だった。
【新人ドライバー・一条美緒、鮮烈デビューで3位入賞】
そんな見出しのトレンド記事と、レース速報。
――私が、命を削ってまで掴んだ順位とトロフィー。それは、レースにすら出ていない美緒の手の中で、まばゆく輝いていた。
待っても、待っても来ない。ギプスが外れ、退院できるほど回復するまで、宗一郎は、一度たりとも病院に姿を見せなかった。
退院したその足で、親友の西野梓(にしの あずさ)に付き添われながら、私はチームのクラブハウスへ向かった。
宗一郎専用の個室の前に立つと、扉の向こうから絶え間ない笑い声が漏れてくる。
「なあ宗一郎。柚葉のエントリー情報、書き換えて順位を美緒に回したんだろ?それで、あいつ納得したのかよ?」
宗一郎はグラスを手に取り、ゆっくりと一口含んだ。
「納得も何もねえだろ。俺が右って言えば右、左って言えば左だ。家じゃ犬より素直なんだからな」
場の空気が一気に緩み、どっと笑いが起きた。
「そりゃそうだ。この社交界で知らない奴はいねえよ。柚葉が一番執着してるのは、鷹宮夫人って肩書きだろ。ハハ!」
宗一郎は腕の中の美緒を見下ろし、にやついたまま唇を寄せ、酒を口移ししようとする。美緒は頬を赤らめ、「やだ、もう」と甘くじゃれた。
白い指で彼の胸を軽く叩き、身をよじって逃げるふりをしながら、「宗一郎さん、だめですって……」と、わざとらしく囁く。
結局、最後の一口はそのまま口移しで飲まされ、美緒は真っ赤な顔で身を預けた。
「宗一郎さんってば、ひどい……こんなの、酔っちゃって帰れなくなります……」
宗一郎は頬にキスを落とし、「俺と帰ればいいだろ」と笑う。
扉の外でそれを聞きながら、私は、かつて心から愛したその顔を思い浮かべていた。握った拳を、ほどいてはまた握り直す。
――自分が、どうしようもなく滑稽に思えた。
そのとき、誰かが思い出したように言った。「そういや柚葉、怪我してるんだろ。3位のために脚まで折ったって。病院、見舞いに行かなかったのか?」
宗一郎は鼻で笑い、気にも留めない調子で答える。
「行ってどうすんだよ。脚の一本や二本、折れたって死にゃしねえだろ」
死なない。
けれど――こんなふうに生き続けるわけにもいかない。
私はドアを押し開けた。
個室の空気が、一瞬で凍りつく。
まっすぐ歩いていき、宗一郎の前に置かれていたグラスを掴むと、そのまま中身を顔にぶちまけた。
宗一郎は頬を拭い、たちまち目を吊り上げる。「柚葉、ふざけるのもいい加減にしろ!」
美緒が腕の中から慌てて抜け出し、ティッシュで彼の顔を拭きながら、やけにしおらしい声を作った。「ごめんなさい、宗一郎さん……私のせいで、柚葉さんに誤解させちゃって……また面倒なことになっちゃいますよね……」
私も、もう容赦なんてしない。手元にあったグラスを、そのまま彼女の顔に叩きつけた。
宗一郎は怒りで顔を歪め、バンッとファイルをテーブルに叩きつける。
「脚が折れた?笑わせるな。見てみろよ、ぴんぴんしてるじゃねえか。暴れる元気は十分あるみたいだな。柚葉、選べ。サインするか、それとも美緒に謝るかだ」
――笑える。離婚協議書を、いつでも突きつけられるように持ち歩いているなんて。
私はそれを受け取り、ざっと目を通した。
要するに離婚。私は身一つで出て行き、彼の名義の財産には一切触れるな、という内容だ。
宗一郎はふんぞり返るようにソファへ沈み込み、口元に薄い嘲りを浮かべた。
私が怯えて書類を突き返し、美緒に頭を下げる――そうなると、疑いもしない顔だった。
ふん。
もう、うんざりだ。
六年なんて、無駄にした時間だと思えばいい。注いだものは何ひとつ報われず、最後に傷ついたのは私だった。
私は迷いなくペンを取り、自分の名前を書きつけた。
「いいよ。ちょうどみんな揃ってるし、証人になって。明日の朝いちで区役所に行って離婚届を出すから。逃げないでね」
宗一郎の視線が、私のサインに落ちる。まさか、私が本当に書くとは思っていなかったのだろう。
一瞬の沈黙のあと、彼は歯を食いしばり、「わかった。離婚だ。明日、逃げるなよ!」と吐き捨てた。
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