このプロポーズ、姉と寝た彼からだった第3話
この話は約1982字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「こちらが俺の婚約者、綾瀬まどか。宮北で最年少のジュエリーデザイナーなんだ。
彼女の作品は国際的な賞をいくつも獲ってて、王室から婚礼ジュエリーの依頼が来るほどの実力者。
今予約しようとしても、もう来年までいっぱいだよ。
いや、違うな。再来年からしか受けてないかも。
だって来年は、俺たちの盛大な結婚式があるから。もちろん、みんなも招待するから楽しみにしててね」
……彼がくれた愛は、完璧だった。
でも、その完璧さには――致命的な欠陥があった。
たったひとつの裏切りで、すべてが瓦解するほど脆いものだった。
私はひとりでホテルの部屋に籠もり、涙が枯れるまで泣いた。
自分に言い聞かせた。
これは裏切り。それだけのこと。騙されただけ。
婚礼はまだ始まってない。すべてをやり直せる。
ここを離れて、新しい人生を始めればいい。
あんな最低な二人から、遠く離れて生きていけばいい。
――でも、なんで私が逃げなきゃいけないの?
悪いのはあいつらなのに。痛い目を見るべきなのは、あの裏切り者たちのはず。
私が反省するべきは、誠実だったことじゃない。見る目がなかったことだけ。
私は、何も間違ってなかった。私は――ちゃんと、愛してた。
だからもう、泣いてなんかいられない。
翌日、婚礼のリハーサル。
私は予定より早く自宅に戻って、泣きはらした目をどうにかごまかしていた。
玲司が迎えに来たときには、もう私の顔には、感情の一片も浮かんでなかった。
……なのに彼は、すぐに気づいた。
「目、赤いぞ?」そう言って、私の目尻にそっと唇を当ててきた。
私はぐっと堪えて、吐き気すらこらえながら言った。
「……両親のこと、思い出してただけ」
玲司は微笑んで、私の靴を取り替えながら言う。
「叔父さんも叔母さんも、きっと天国でお前の幸せを願ってるよ」
彼の髪の分け目を見つめながら、私は心の中で叫んでいた。
あなた、なんで私を選んだの?
一途になれないくせに、なんで婚約したの?
私がどれだけ浮気や裏切りを憎んでるか、知ってたよね?
お姉ちゃんと隠れて関係を続けてたとき、私が真実を知ったらどう思うか、想像しなかった?
でも、口には出さなかった。出せなかった。
玲司は、いつも周りに言っていた。
「まどかには、世界一の結婚式を用意してる」
だったら――その「世界一」を、私の手で、地獄に変えてやる。
豪華なドレス、華やかな装飾、花と音楽、祝福のシャワー。
それらすべてを使って、滑稽な復讐劇を演出してやる。
そして玲司、あなたはその舞台の上で一番哀れな道化になるんだよ。
リハーサルは、日が暮れるまで続いた。
帰る前、私は玲司とお姉ちゃんに「先に駐車場で待ってて」と告げた。
そして私は、婚礼のプランナーを呼び出した。
この二億円以上かけた式は、私の主導で、彼女が全体を取り仕切ってくれている。
要望を伝え終えると、彼女は顔をこわばらせて何か言いかけたけど……私は気づかないふりをした。
自分でもわかってる。これは無茶な注文だって。
式直前の大幅な変更なんて、現場にとっては地獄以外のなにものでもない。
でも、私はこれまでに何度も大富豪の結婚式を担当してきた。
私よりワガママな花嫁なんて、山ほど見てきた。
だから――自分の番が来たって、好きに振る舞って何が悪い?
車に戻ると、運転手の姿はなかった。
玲司は助手席に、お姉ちゃんは後部座席に座っていた。
車内に広がるのは、息苦しくなるほどの沈黙。
私はお姉ちゃんの頬にまだ残る紅潮を見て、思わず冷笑が漏れた。
これまでは、こういう場面を見るたび「また二人で言い争いでもしたのかな」と思ってた。
でも今なら、違うとわかる。
これは、私のいないところで……甘い時間を過ごした証拠。
あぁ、私ってほんとに、バカだった。
私は無言で後部座席に乗り込み、目を閉じて吐息をついた。
「……運転手は?」
「トイレだって。すぐ呼ぶよ」と玲司。
私は軽く「うん」とだけ返した。
玲司が身をひねって、私に保温ボトルを手渡してきた。ふわりと、お茶の甘い香り。
「疲れたろ?」彼の声は、やさしくて、気持ち悪いくらいに丁寧だった。
そして彼は、すぐに桜に向かって言った。
「桜、お前、前の席に移れよ」
「いいよ、別に」
私は目を開けて、お姉ちゃんの手をパッとつかんだ。
そして顔を向けて、にこりと笑う。
「まだ、お姉ちゃんと話したいことがたくさんあるの」
玲司が眉をひそめた。「俺が聞いちゃダメな話か?」
私はさらに口元の笑みを深くして、やわらかく言った。
「ただのくだらないおしゃべりよ。あなたが聞いたらまた『お姉さんが煽ってる』って言いそうだから」
玲司は鼻で笑った。
「桜、どれだけ反対したって無駄だ。まどかと俺はもうすぐ結婚するんだ。これからは俺に、少しは遠慮してもらわないとな」
その言葉を聞いたお姉ちゃんの表情が、いつものようにはね返さず、明らかにこわばった。
怯えたような視線で、私の顔をちらりと伺ってくる。
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