かつてあなたを愛しただけ第1話
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婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。
「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」
「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」
これで一年の間に三度目の延期だ。
最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。
二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。
そして今回が三度目。
私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。
「結婚に興味はない?」
その後、詩音の演奏会の最中、真一は彼女をためらいもなく置き去りにし、赤い目をして私の婚約式に駆け込んでくる。
「神崎優奈(かんざき ゆうな)……お前、本当にこの男と結婚するつもりか?」
* * *
婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。
「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」
「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」
これで一年の間に三度目の延期だ。
最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。
二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。
そして今回が三度目。
私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。
「結婚に興味はない?」
「本気なのか?」隣にいた男性が顔を上げる。「だって君たち、何年も付き合ってきたんだろう?」
私は眉を軽く上げる。
「三度の婚約のチャンスを全部逃すなんて、多分それほど私を愛してないのよ。彼が私を好きじゃないなら、私だってしがみつく必要はない。それなら彼を自由にして、私も解放されるわ」
九条貴臣(くじょう たかおみ)は迷いなく立ち上がり、私に手を差し伸べる。
「じゃあ決まりだな。婚約の段取りは全部俺がやる。君は何も心配しなくていい。約束する、この京市で俺たちの婚約式より豪華なものは存在しない」
目の前の彼を見上げる。オーダーメイドのスーツが端正な立ち姿を際立たせ、整った顔立ちは社交界の女性たちの憧れそのもの。
何より、貴臣が私を見つめる瞳には、真一が一度も見せたことのない誠実さと確固たる意志がある。
「ええ」
微笑みながら、その手に自分の手を重ねる。
別荘に戻り、私物をまとめていると、突然真一が戻ってくる。
私を見るなり眉をひそめる。
「また何するつもりだ?家出か?婚約式が一か月延びただけだろ。いい歳して、いつまで子供みたいに騒ぐんだ」
私は淡々と答える。
「ただの出張よ」
彼は眉を緩める。
「なんで先に言わないんだ?」
「会社で急な用事ができたの。それに、あなたも忙しいでしょう?邪魔したくなかったの」
彼はうなずき、当然のように続ける。
「ああ、それと詩音が数日後、うちに泊まるかもしれない。まだ帰国したばかりで、住むところが見つかってないから」
「分かったわ」
私は無表情のままスーツケースを引き、玄関へ向かう。
「構わないわ。執事に任せる。彼女の好きにさせて」
一瞬彼は固まったが、すぐに私の腕を掴む。
「……いつ帰ってくる?」
「未定よ。決まったら連絡するわ」
彼は安心したように手を放し、そのまま詩音にメッセージを送り始めた。私がどこへ出張するのか、聞こうともしなかった。
私は自宅に戻った翌日、芸能ニュースで真一が空港で詩音を迎える写真を見た。
雨の中、真一は詩音のために傘を差し出し、自分がずぶ濡れになるのも構わない様子だった。
見出しには太字で【久我真一、千里を駆ける愛、ついに実を結ぶ】
コメント欄も賞賛一色。
【なんて素敵な恋愛!】
【やばい、ロマンチックすぎる!】
【誰が見てもお似合い】
まれに【婚約者がいたのでは?】【婚約者の立場は?】といった疑問もあったが、すぐにコメントの波にかき消された。
私は鼻で笑い、画面を閉じると、貴臣からの電話に出る。
「婚約用のドレスとアクセサリー、もう出来上がった。今日試着に来られるか?」
「そんなに早く?」と、私は思わず驚く。
現地に着くと、そこにはなんとデザインチーム全員が集まっている。
「まあ、この方が花嫁様ですね」金髪のデザイナーが私を見て笑う。
「道理で九条様がそんなに急ぐわけだ。こんな美しい婚約者がいるんですから」
照れる間もなく、数着のドレスを次々と試着させられる。
「全部、九条様からいただいたサイズで仕立てました。どうぞご試着ください」
裾を持ち上げて一回りすると、どれも驚くほどぴったりだ。
耳がほんのり熱くなり、そっと彼に尋ねる。
「……どうして知ってたの?」
彼は無邪気な笑みを浮かべる。
「たいしたことじゃない。ただ、君のお母様に伺っただけさ」
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